多くの飲食店で5Sや環境整備といった現場改善(ハード面の整備)を進める中で、どうしても避けて通れないもう一つのテーマがあります。それが、離職を防ぎ、スタッフが定着する「人が安心して働ける職場づくり(ソフト面の整備)」です。

これから数回にわたり、ハラスメント対策、アンコンシャスバイアス(無意識の思い込み)、心理的安全性、そしてカスタマーハラスメントなど、飲食店リーダーに今求められる職場環境づくりについて、シリーズでお伝えしていきます。
これは、これまでの整理整頓や5Sとは別の話ではありません。
むしろ、物理的な乱れを整えるのと同じように、職場の人間関係や空気感の乱れを整える「心の環境整備(心の5S)」であり、現場改善の延長線上にあるテーマです。
「良かれと思った熱血指導」がなぜパワハラと言われてしまうのか。なぜ「今の若い子はすぐ辞める」が起きるのか。現場の衛生環境を整えるように、職場の「心理的環境」を整える具体的なステップを、現場目線でお届けします。
なぜ飲食店の「熱血指導」はパワハラになりやすいのか?
「もっとキビキビ動いて!」
「なんでさっき教えたことができないの?」
「やる気がないなら、もう上がっていいよ」
忙しい厨房やホールで、ついついこんな言葉をスタッフにぶつけてしまっていませんか?
言葉を発した店長や先輩リーダー側には、決して悪気はないはずです。むしろ「お店をうまく回したい」「早く仕事を覚えて一人前になってほしい」という、教育への熱意から出た言葉であることがほとんどでしょう。
しかし、この「良かれと思って」という主観こそが、現代の飲食店において最も危険な落とし穴になります。

指導している側がどれだけ熱意を持っていようとも、受け手であるアルバイトスタッフや後輩が「理不尽な攻撃だ」「精神的に追い詰められた」と感じてしまえば、それは「指導」ではなく「パワハラ(パワーハラスメント)」の領域に足を踏み入れてしまうからです。
その結果、待っているのは「スタッフの突然のLINE退職」「残されたメンバーの負担増による連鎖退職」、そして深刻な「人手不足倒産」の危機です。
厚生労働省が定義するパワハラ(パワーハラスメント)の3要素
そもそも、法律上の「パワハラ」とは何を指すのでしょうか。厚生労働省では、以下の3つの要素をすべて満たすものをパワーハラスメントと定義しています。
- 職場内の優位性を背景とした言動: 職務上の地位(店長とアルバイトなど)だけでなく、人間関係や経験値の差(ベテランアルバイトと新人など)も含まれます。
- 業務の適正な範囲を超えた言動: 業務上、明らかに必要性のない言動や、目的を逸脱した態度のことです。
- 労働者の就業環境が害されること: 相手が精神的・身体的に苦痛を感じ、働く上で看過できない支障が出ることです。
飲食店の現場では、「忙しいから」「これがうちの教育方針だから」という理由で、知らず知らずのうちにこの3要素を満たしてしまっているケースが少なくありません。
飲食店の現場における「正しい指導」と「パワハラ」の境界線
では、職場を成長させる「正しい指導」と、職場を崩壊させる「パワハラ」の決定的な違いはどこにあるのでしょうか。飲食店の現場に落とし込んだ3つの境界線を、比較表にまとめました。
| 比較項目 | ◎ 正しい指導(業務改善) | ✖ パワーハラスメント(環境悪化) |
| ① 目的の違い | スタッフの成長・業務の改善 (お客様への提供価値を高めるため) | 店長のイライラ発散・恐怖支配 (相手をコントロールするため) |
| ② 対象の違い | ミスをした「行動」や「事実」 (例:「お皿の持ち方が危ないよ」) | 相手の「能力」や「人格(性格)」 (例:「お前はダメだ」「やる気がない」) |
| ③ 場(環境)の違い | 見えない・聞こえない場所 (事務所や休憩中に冷静に伝える) | 他のスタッフやお客様の目の前 (厨房やホールでの大声・見せしめ) |
①「目的」の違い:お店のためか、感情の発散か
正しい指導の目的は、常に「スタッフの成長」や「業務の改善」にあります。一方でパワハラは、目的がすり替わり、忙しさからくる店長のストレス発散や、恐怖で相手を縛り付けることにすり替わっています。
②「対象」の違い:行動・事実を責めているか、人格を責めているか
正しい指導は、具体的な「ミスをした行動」や「手順(事実)」に対して、どう改善すべきかを伝えます。しかしパワハラは、「だからお前はダメなんだ」「物覚えが悪い」など、相手の人間性や人格そのものを否定する言葉を使います。
③「場(環境)」の違い:見せしめになっていないか
適切な指導は、周囲に配慮し、他のスタッフやお客様に聞こえない場所で冷静に行われます。ピーク中のホールや厨房など、衆人環視の中で大声で叱責することは、それ自体が「見せしめ」という精神的苦痛を与える空間の乱れ(パワハラ)になります。
ハラスメント対策は、職場の「心の5S(環境整備)」である
私がこれまでお伝えしてきた「整理・整頓・清掃・清潔・しつけ」の5S活動は、店内の床をピカピカにしたり、調理器具の定位置を決めたりすることだけを指すのではありません。
5Sの本質は、「働くスタッフが迷わず、無駄なく、安全に、気持ちよく働ける環境を維持すること」です。
そう考えると、ハラスメントが横行している職場というのは、床に油がぶちまけられていて、いつ誰が滑って転んでもおかしくない「危険な厨房」と全く同じ状態です。言葉の暴言や理不尽なルールという「見えないゴミや汚れ」が放置され、スタッフが常にビクビクしながら働いている。そんな場所で、良いサービスや美味しい料理が生まれるはずがありません。
食材の衛生管理(HACCP)を徹底して食中毒を防ぐように、職場の言葉遣いやコミュニケーションの衛生管理(ハラスメント対策)を徹底して「心の離職」を防ぐ。
ハラスメント対策とは、特別な労務管理ではなく、現場改善の延長線上にある「心の環境整備」そのものなのです。
まとめ:言葉の基準を整え、離職のない飲食店へ
言葉の基準を整え、職場の空気を清潔に保つことで、飲食店のスタッフ定着率は劇的に変わります。
これからの時代、人手不足を解消して選ばれるお店になるためには、物理的な環境整備(ハード)と、人間関係の環境整備(ソフト)の両輪を回すことが不可欠です。
職場の「ハード」と「ソフト」、その両方の環境整備を進めて、スタッフがイキイキと働き、お客様に愛され続けるお店を一緒につくっていきましょう!
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【筆者紹介】
飲食店の職場環境を整える整理収納専門家:徳王美紀(とくおうみき)
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